こんなん徒然草生えるわ

研究であったり、日記であったり、趣味であったり

道端にパンツが落ちていた

これは、新人研修と満員電車でうなだれるほど疲れた僕が、うなだれたついでに最寄駅の前の路上で見つけた遺失物についての話である。

ブツの詳細について

道のど真ん中に、とは言わないものの、中央を少し外れたところに、そのブツは鎮座していた。 それは黒地にピンクのアクセントが入った、刺激的なデザインのブツだった。 ブツは折り畳まれているわけではなく、無造作に脱ぎ散らかしたような形で地面に放置されていた。 道を行き交う人は、ギョッとしたようにブツを見るが、すぐに向き直って、まるでそこに何も落ちていないことを自分に信じ込ませるように通り過ぎている。 本当に白々しいことであるが、そうする理由は十分に理解できる。

ブツの対処について

道端に無造作に放り出されたブツを見て、僕はいかにしてこのような状況が生み出されたのか、しばし考え込んでしまった。 下着を外に落とすというのは尋常なことではないが、それでもこのような結果が生じた原因として、幾通りかの可能性が考えられる。 一つ目の可能性は、荷物から落ちてしまったというものである。 旅行鞄などに詰めていた下着が、締めの甘いチャックを通り抜けてまろび出てしまうというのは珍しいことではない。 小学校の自然学校などで持ち主不明の下着の落とし物が発生するのは、大抵これが原因である。 二つ目の可能性は、どこかの下着泥棒が戦利品を落としたという可能性である。 夜陰に乗じて狼藉を働いた何者かが、追手の目を眩ますために戦利品のいくつかを道端にばら撒いたと考えれば無理はない。 色の明るいものはすぐに回収されたものの、このブツはその色故に見過ごされたのだろう。 最後の可能性は、持ち主が自分で脱いで放り出したというものである。 人間は酔っ払うと、何をしでかすかわからない生き物である。 他人の靴を間違えて履いて帰ってくるなど可愛いもので、ひどいものだと路上で放尿したり、知らない家で眠り込んでしまうということもあるらしい。 そんな酒の失敗の中でもそこそこの失敗として、この下着の持ち主は駅前で突如としてブツを脱ぎ、気前良く放り出してしまったのだと考えれば筋は通る。

さて、落とし物を見つけた場合、発見者が取るべき最も模範的な行動は、それを交番に届けることである。 しかし、それは落とし物がハンカチや帽子など当たり障りのない物品である場合に限る*1。 今回の場合、その落とし物というのは刺激的な意匠の女性用下着である。 つまりこれは、手に持っているだけで不審な目で見られ、懐に隠そうものなら御用となる危険物なのだ。 何の関係もない部外者がこれを場所も知らない交番まで持っていくのは非常に危険な行為である。 それであれば、元の持ち主であればこれを拾っても咎められはしないのか。 答えは否である。 本来の持ち主もまた、僕やその他大勢と同じ立場に立たされている。 その持ち主にとっても、恥ずかしそうに仕舞い込んだそれが自分のものであると証明する手段はないのだ。

結局僕はそのブツに背を向け、家路についた。 これからもあれは大多数の人間の平穏のために、見えない振りをされ続けるだろう。 救いのない話ではあるが、これもまた現実の一面である。

ブツのその後について

その後、ブツはその後2日間に渡って駅の利用客の白々しい無関心に晒され、3日目の夕方にようやく姿を消した。 おおかた、駅の清掃員か何かに処理されたのだろう。 ある何者かに対して個人が手を差し伸べることが難しい時、それを助けるのは意志の介在しないシステムであるということを実感させられる事件であった。

*1:ちなみに落ちている財布を拾って届けることはお勧めしない。大抵は不愉快な思いをすることになるだろう