こんなん徒然草生えるわ

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量子的なスシの転送方法について

驚くべきことに、全てのスシは0-スシ(マグロ)と1-スシイカ)の量子力学的重ね合わせによって表現できることが明らかになった。マヨコーン=グンカンを90度回転させる行為に着想を得た物理学者がマグロのスシをひょいっと180度回転させたところ、なんとイカのスシになったのだ。更なる研究の結果、回転角を調節することで様々なスシが生み出されることが判明し、発端となったマグロとイカのスシはそれぞれ「0-スシ」「1-スシ」と呼ばれるようになった。この発見により、スシ職人の修行は、良いスシネタと良いシャリを用意し、それらを合体させる方法を習得するためのものから、0-スシを如何に絶妙な回転軸と角度で回転させるかを体得するためのものに変わっていった。

スシの製造工程に革新的な転換がもたらされた一方で、回転スシ店の治安はこの数十年で飛躍的に悪化していた。他人のスシの窃盗は当たり前、さらには卓上調味料の汚染を試みる痴れ者までもが現れる始末であった。さらに、最近ではレーン上のスシを舐めることで、スシを味わいつつこれを汚染することを至上の喜びとする「スシペロ団」なる集団も出現し、レーンに流したスシが無事に客の口に入る確率は極めて低くなっていた。

そんな中、ある企業が画期的な製品を発売した。製品の名前は「漁師テレポーテーションシステム」。このシステムは店と客で「スシの素」と呼ばれるものを共有しておけば、離れた場所にいる客が相手でも、レーンを介さずにスシの受け渡しを可能にできる優れものであった。漁師テレポーテーションシステム、通称「テレ漁師」の導入によりもはや回転スシ店にスシを運ぶためのレーンは必要なくなり、そのうち回転スシという名称はその製造工程を表すためのものになっていった。

これにより回転スシの平和は守られたかのように思えたが、残念ながらそうはならなかった。テレ漁師によるスシの改竄及び窃盗の困難化はスシペロ団を諦めさせるどころか、むしろ煽り立ててしまったのだ。スシペロ団はすぐにバイト先の回転スシ店から強奪してきたテレ漁師の解析に取り掛かった。

回転スシ店でのバイトでの経験から、テレ漁師を実現するための装置には2種類の形態があることは判明していた。片方は厨房に置かれていて、スシを入れる穴が二つあるのに対して、もう片方は客のテーブルに置かれていて、スシを入れる穴と出す穴が一つずつついている。穴の付き方で呼び分けるのは面倒なので、彼らは前者を「送信器」、後者を「受信器」と呼ぶ事にした。

まず、送信器の蓋を開けてみることにした。すると、中には奇妙な機械が入っていた。どうやら、二つのスシに複雑な回転を加えるための装置であるらしい。これがどういった働きをするかが気になったので、出前スシに入っていたマグロとイカのスシを入れてみたところ、下の表に示すような出力を得た。

入力A 入力B 出力
0 0 0
0 1 1
1 0 1
1 1 0

ちなみにこの表を見た基礎工学部出身のスシペロ団員Aが「これはスシ用のCNOTゲート、略してスシーNOTゲートや!」と叫んだが、つまらなかったので誰も相手にしなかった。

送信機には他にも機械が入っていた。とりわけ興味を惹いたのは寿司が最終的に入っていく場所に取り付けられたものであった。スシが入っていくということは見れば分かるのだが、厳重に密閉されているため内部にどのような機構が組み込まれているのか皆目見当がつかない。しかし、マカオでボーナスを丸々溶かした経験のあるスシペロ団員Bによれば、これはディーラーの握ったスシを入れてマグロが出るかイカが出るかを賭ける「スシ丁半」に使われる機械とそっくりだという。ディーラーの握り方から丁半を予想する彼の独自理論を聞き流しながら実際に出前スシをいくつか入力してみたところ、不思議なことに、0-スシを入力したときには必ず「半」が、1-スシを入力したときには必ず「丁」が出力される事が分かった。

彼らは次に、受信器の蓋を開けた。送信器に比べるとこちらは単純なもので、一つのスシを2種類の方法でひっくり返すための機械が入っているだけであった。しかし、この機械に信号線が一本ずつ繋がっていることを工学部出身のスシペロ団員Cは見逃さなかった。線の繋がっている先を調べた結果、この装置は受信器との間で何かしらの通信を行っているらしいというところまでは判明した。そして装置を繋げて稼働させてみると、その通信内容は驚くほど簡単に解明された。なんと、送信器に組み込まれていたスシ丁半の結果がそのまま受信器に送信されていたのである。そして、受信器はその内容を受けてスシをひっくり返すかどうかを決定している。

テレ漁師の全容を見て、スシペロ団がまず注目したのは受信器と送信器の通信を行う部分である。この通信内容を改ざんすれば、客側の受信器は送信器に入力されたものとは違うスシを復元するだろう。本来の目的とは多少異なるが、客の受け取るスシに介入ができるということには間違いない。すぐに計画書がまとめられ、スシペロ団長の元へと届けられた。

しかし、団長はこの計画を即刻却下した。これはスシペロ団の至上目的を考えるとしごく当然な結果であった。彼らの目的は客に届くハマチをサーモンに変えることではなく、スシをペロッとすることであったのだから。

次に彼らが注目したのはスシの素の製造工程である。世界中の回転スシ店で使用されているスシの素は、各地の委託された工場で生産されたものらしい。いくらスシの素を大量生産する必要があったとはいえ、関わる人数が増えれば増えるほどセキュリティーホールも増えるのが道理である。このスシの素をペロッとしてしまえば、これはもうスシペロと言えるのではないかと考えた彼らは、すぐに計画書を作成してこれを団長の元へと届けた。

しかし、団長はまたしても首を横に振った。スシペロ団の目的はスシをペロッとするだけではなく、その滋味を味わい、さらに舐めた後のスシを見ず知らずの客に食べさせることであったからである。握られる前のスシの素をペロッとしたところで味などするはずもない。

スシペロ団員たちはテレ漁師の流れ図を凝視しながら必死で考えた。そして一日後、天啓がもたらされることになる。

スシペロ団長は修正された計画書を読むと、ゆっくりと、それでいて力強く頷いた。早速、これを実現するための装置開発や裏工作が始まった。

半年後、スシペロ団はある装置の前に集結していた。「スシペロサンダー」と名付けられたその装置の起動スイッチを押すと、そこからは続々とスシが出てきた。どれも回転スシ職人によって握られた珠玉の逸品だ。スシペロ団長がそれらを片っ端からペロッと舐めて、装置に戻していくと、その様子を見ていた団員からはおおと歓声が上がった。装置に戻されたスシは、世界中の何処かのテレ漁師を経由して客の元へ届けられる事になっている。

この手品の種は、スシペロ団によって作成された「偽のスシの素」である。このスシの素は四貫で一セットになっており、そのうち一つを職人に、もう一つを客に、そして残りの二つをスシペロ団が保持する。職人が作成したスシの情報は客ではなくスシペロ団に送信され、彼らはそれを思うままに舐め回す。そしてその後で、スシペロ団から客にそれが送信される。客は介入が行われたことにも気づかず、ペロッとされたスシを復元することになる。完璧な作戦であった。

 

計画が初めて実行された日、ある回転スシ店は阿鼻叫喚の騒ぎを見せ、明くる日、被害に遭った回転スシチェーンの時価総額は1.2兆円ほど下落したそうな。

 

スシの素の製造工程に何かしらの介入が行われていることに気づいたメーカーは慌てて工場の立ち入り検査や品質検査などの対策を行ったが、既に100を超える数のスシの素製造工場に対してスシペロ団の手が及んでいることもあり、焼け石に水程の効果しかなかった。

 

彼らがこのスシペロサンダー攻撃に対する画期的な防御策を見つけるのは随分と後になってからなのだが、それはまたの機会に。

 

あとがき

量子(漁師)テレポーテーションを利用した量子状態(スシ)の転送と、想定される攻撃方法についての話です。当然ですが、スシは寿司とは違ったものであり、現実世界の寿司をひっくり返したところで別の寿司にはならない(寿司ではない何かにはなるかもしれない)ので、真似はしないように。

そういえば、量子力学量子コンピューターを主役に置いたSFってあまりないですよね。数年前に青春ブタ野郎シリーズをアニメで見ましたが、どうしても量子力学を怪異に見立てた物語シリーズという印象から脱しきれず、あれが量子力学を舞台装置に選ぶ限界なのかと落胆する気持ちもありました。

量子力学や量子情報を取り扱ったSF作品の構造が似通いがちな現状は、「シュレディンガーの猫」が原因なんじゃないかなと僕は思います。あの思考実験ばかりがやたら有名になったせいで、「量子力学を題材にするならばあの状況を踏襲したものでなければならない」という先入観が付きすぎてしまった結果、非専門家である創作者にとってあの分野が取っ付きにくく、魅力の少ないものになっているのではないか、と。

ということで今回は箱の中の猫から離れて、「スシ」を量子ビットに見立てた話を書いてみました。文章もなるべく軽妙を心がけた上で、量子力学の基本ルールやサポート範囲を逸脱しないように気を付けました。とはいえ物書きについては素人なので、「俺ならもっと面白く書ける」ということであればどんどんリメイクしてくれると嬉しいです。

僕は、いつか来るであろう量子SFの全盛期を夢見つつ、しばらくは今後もこういうテーマで小説を自給自足していきたいと思っています。

ではまた。